大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4757号 判決

主文

被告は原告に対し昭和三七年一二月一六日以降昭和三八年四月二三日まで一ケ月金一八、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

反訴原告が反訴被告に対し、別紙目録の家屋につき賃料一ケ月金一八、〇〇〇円、期間の定めのない賃借権を有することを確認する。

原訴原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴及び反訴を通じて三分し、その二を原告(反訴被告)、その一を被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

当事者の求める裁判

原告(反訴被告。以下単に原告という)訴訟代理人は、本訴につき、被告は原告に対し別紙目録の家屋を明渡し、かつ、昭和三七年一二月一六日より明渡済に至るまで一ケ月金一八、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を、判訴につき、反訴原告の請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告の負担とするとの判決を、被告(反訴原告。以下、単に被告という)は、本訴につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を、反訴につき、反訴原告が反訴被告に対し、別紙目録の家屋につき期間の定めのない賃借権を有すること及び反訴被告が反訴原告に対し右家屋の使用に協力する義務を負担することを確認する。反訴被告は反訴原告に対し金二六万円及び昭和三七年一二月一一日より反訴原告の前記賃借権が正常に復するまで一ケ月金五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は反訴被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因、被告の抗弁及び反訴請求の原因に対する答弁、抗弁として次のとおり述べた。

一  原告は被告に対し昭和三四年一二月六日別紙目録の家屋(以下、本件家屋という)を、期間を三年、賃料を一ケ月金一六、〇〇〇円とし、毎月一五日限りその月の一六日を起算日とする一月分を原告方に持参して支払う。敷金は八〇、〇〇〇円とし、返還の際原告は家屋償却費に宛てるため賃料の一ケ月半分を控除できる等の条件で賃貸した。

二  しかして、原告が昭和三七年一二月頃被告の代理人たる訴外鎌田久仁夫弁護士に書面をもつて賃料を月額金二四、〇〇〇円に増額したい旨申入れたところ、同弁護士から同月二八日付その頃到達の書面をもつて月額金一八、〇〇〇円の限度でよければこれに応ずる旨の回答(変更を加えた承諾)があつたので、原告は翌三八年一月五日頃代理人たる実父渓口豪介を介しこれに同意する旨通知した。仮りに、右通知の事実が認められないとしても、原告は代理人渓口豪介を介して被告に対し、昭和三八年三月二二日付その頃到達の書面をもつて被告の申出に同意(承諾。以下同じ)するとともに増額による昭和三七年一二月分以降翌三八年三月分までの賃料を同月二九日までに支払うよう催告した。従つて、昭和三七年一二月分からの賃料を月額金一八、〇〇〇円に増額する合意が成立したのである。しかして、原告は被告に対し昭和三八年四月一五日付翌一六日到達の書留内容証明郵便をもつて昭和三七年一二月分以降同三八年四月分までの賃料を書面到達後七日以内に支払うべく催告期間内に不履行のときはこれを条件に賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をした。しかるに、被告は右催告期間内に履行しなかつたので同月二三日の経過とともに賃貸借契約は解除により終了した。

よつて、原告は被告に対し、賃貸借終了を原因として本件家屋を明渡し、かつ、昭和三七年一二月一六日以降賃貸借終了まで一ケ月金一八、〇〇〇円の割合により賃料及びその翌日から右明渡済に至るまで同額の割合による賃料相当の損害金を支払うべきことを求めるため本訴に及ぶ。

三  被告主張の第二項後段の事実中、被告の昭和三八年一二月二八日付書面による賃料増額に関する回答(新たな申込)が原告の同意がなかつたことによつて失効したとの点、従つて賃料増額の合意が成立しなかつたとの点は否認する。同第三項の事実は認める。同第四項の事実は否認する。尤もそのうち、被告主張の頃原告の実父渓口豪介が被告の勤務先たる渋谷税務事務所に赴き上司である堀所長に本件家屋の明渡の勧告方を依頼し、また、被告の義妹及川正子をその勤務先の青山学院に訪ねて明渡勧告の交渉をした事実は争わないが、それは、当時原告が法律の智識に乏しく本件家屋の賃貸借は期間満了によつて終了したものと誤解したからである。同第五項の事実は否認する。

四  反訴請求の原因(一)の事実中、本件家屋の便所、水道蛇口その他に不備、不良の個所があるとの点は不知、被告がその補修を請求したとの点は否認し、その余は認める。同(二)の事実中、被告の長男の学校関係、学費、生活費等に関する部分、は不知。その余は否認する。本件家屋の賃貸借は前記のごとく被告の賃料債務の不履行により解除されたものである。

被告、本訴の答弁及び抗弁並びに反訴請求の原因及びその抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  本訴請求の原因第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実中、原告からその主張の頃その主張の書面による賃料増額の申入があり、被告代理人鎌田久仁夫弁護士がその主張の頃月額金一八、〇〇〇円の限度でよければ増額に応ずる旨回答したこと、原告からその主張の日その主張の書面による、賃料の増額を月額金一八、〇〇〇円の限度に止めることについての同意及びその主張の趣旨の賃料支払の催告がなされたこと及び原告主張の頃、原告から被告に対して書留内容証明郵便による昭和三七年一二月分以降の賃料支払の催告並びに条件付契約解除の意思表示がなされたことは認めるがその余は否認する。

被告代理人鎌田久仁夫弁護士が原告に対し書面をもつてなした賃料増額の申入に対する回答(変更を加えた承諾)には、これに同意の有無を至急回答せられたく、相当期間内に回答がなければ意思表示(新たな申込)を撤回したものとする旨の附款があるのに相当期間を経過するも原告の側から何らの回答もなかつたので、被告の右意思表示は失効した。従つて、その後の昭和三八年三月二二日付をもつてなされた原告主張の同意の意思表示は効力を生ぜず、賃料増額の合意は成立しなかつた。仮りに、賃料が増額されたとしても、それは、増額の合意が成立した日以降の分である。

三  右賃貸借は昭和三七年一二月五日期間が満了したが借地法第二条第一項の定めるところにより更新された。

四  被告は昭和三七年一二月一六日妻をして一二月分の賃料金一六、〇〇〇円を原告方に持参提供せしめたところ、期間満了によつて賃貸借が終了したとしてその受領を拒まれ、却つて明渡を要求された。それ故、原告は受領遅滞に陥つたのである。されば、その後賃料を支払わないとしても被告は履行遅滞の責を負わないので原告の契約解除の意思表示は効力を生ずる由もない。

五  仮りに原告が受領遅滞に陥らなかつたとしても、前記催告当時原告は催告状に記載した住所に居住せず、しかも、その所在を明らかにしなかつたので、被告としては事実上催告に係る賃料を支払うことができないものであるが、そのような催告は契約解除の前提たる催告としての効力を有しない。なお、原告の催告は次の点からも違法である。すなわち、原告は昭和三七年一二月上旬本件家屋の賃貸借が期間満了によつて終了したものと主張して被告にその明渡を請求し、直ちに明渡せないならば、翌年五月までは引続き賃貸するが賃料を月額金、二四、〇〇〇円に増額することに同意せよと理不尽な要求をした。原告の真の目的は賃料の徴収ではなくて明渡にあつた。それ故、被告が重病で国立世田谷病院に入院中の昭和三八年二月中旬、原告は実父渓口豪介をして被告の勤務先たる渋谷税務事務所に赴かせ、上司である堀所長に本件家屋明渡の勧告方を依頼させ、また、被告の義妹及川正子をその勤務先の青山学院に訪ねて明渡の交渉をせしめる等専ら明渡を迫つたものであり、また、賃料の催告中も所在を明らかにしなかつたのである。そのため、被告が昭和三八年四月一〇日付同月一一日到達の書面をもつて原告の実父渓口豪介に原告の所在を問合せたにも拘らず、同人から何等の回答もないまま、同月一六日原告主張の同月一五日付の賃料を催告並びに停止条件付契約解除の意思表示を記載した書面が到達された。そこで、被告は渓口豪介に同月一八日付即日到達の書留内容証明郵便をもつて一〇日付書面(原告の所在問合せの書面)の回答を求めたが、返事がなかつたのである。仮りに右の点からは催告の効力に影響がないとしても、前記事情のもとになされた原告の催告を前提とする契約解除の意思表示は信義誠実の原則に反する無効のものである。

また、右催告は賃料が昭和三七年一二月分から増額されたものとして同月分以降月額金一八、〇〇〇円の賃料の支払を請求しているが、前記のように増額の合意は成立しなかつたのであるから、右催告額は過大に失し、この点からも効力を生じない。

六  仮りに、右主張が容れられないとしても、原告の賃料支払の催告状にはその住所として東京都世田谷区世田谷二丁目一、四一四番地の表示があつたので、被告は催告期間内である昭和三八年四月二〇日催告に係る昭和三七年一二月分(一二月一六日から翌年一月一五日までの分)乃至四月分の賃料合計金九〇、〇〇〇円を支払のために同番地の住所に持参したところ、原告が不在であつたので、居合せた原告の実母渓口光榎に来意を告げて受領方を催告したが、直接原告本人に支払われたいとの理由で受領を拒絶された。

仮りに、右提供の事実が認められないとしても、被告には原告の新住所が不明であつたので、催告期間内である昭和三八年四月二二日付翌二三日催告状記載の場所に送達された書留内容証明郵便をもつて原告に対し新住所を明らかにし賃料支払の機会をつくるべきことを求めたのに、原告は何らの回答をもしなかつた。以上のように、被告としては賃料支払のために種々尽力したのに原告はこれに協力しなかつたのであつて、催告に係る賃料が支払われなかつたのは専ら原告の不協力によるものであるから、被告は賃料債務の不履行につき遅滞の責を免れるべきである。

七  反訴請求の原因

(一)  被告は本訴請求の原因第一項記載のとおり、昭和三四年一二月六日原告との賃貸借契約により原告主張の条件による賃借権の設定を受けたが、期間満了により更新され、期間の定めのないものとなつた。しかるに、原告は右賃貸借契約が被告の賃料債務の不履行によつて解除されたと主張してその賃借権の存在を争い、しかも、便所、水道蛇口その他不備、不良の個所の補修を肯んぜず、被告の本件家屋の使用に協力しようとしない。そこで被告は右賃借権の存在及び原告が被告の本件家屋の使用に協力する義務を負うことの確認を求めるため反訴請求に及ぶ。

(二)  (イ) 原告は本件家屋の近くに住居を構えて父母に居住せしめ、また、近くの家屋を訴外山下某に賃貸し、山下は工場を経営していたものであるところ、昭和三五年五月頃より山下工場より騒音、轟音を発し、益々激しくなるので被告が原告にその制止方を依頼したが原告はこれを聞流して制止せず、そのため、大学の入学試験の受験準備中の被告の長男(高等学校三年在学中)が勉学を妨げられ、また、原告方でも同人が受験勉強に専念する頃合を見計らつて家族がピアノの練習を始め、騒音、轟音を発した。それらの音響のために長男は昭和三七年度の大学の入学試験に合格せず、また、その不合格の衝撃によつて被告は卒倒し、爾来半身不随になつて長期欠勤し、被告の妻は肺結核が再発した。かくて、被告の長男はその後一年間予備校に通学した結果昭和三八年三月漸く所期の大学に入学することができたが、被告は長男の予備校の学資その間の生活費等として金一〇〇、〇〇〇円余を支出し、被告自身も長期欠勤のために昭和三七年六月から翌年六月までの間の期末手当八〇、〇〇〇円余を削減され、同額の得べかりし利益を喪失したので、合計金一八〇、〇〇〇円以上の財産上の損害を蒙つた。

(ロ) 前記のように、原告が実父渓口豪介をして被告の勤務先の上司や義妹の勤務先において本件家屋の明渡の勧告を依頼したために被告は名誉を毀損され、精神上の苦痛を蒙つた。

(ハ) 前記のごとく、原告は昭和三七年一一月一一日被告が本件家屋の便所、水道蛇口その他不備、不良の個所の補習を請求してもこれに応ぜず、また、前記のように音響をもつて被告及びその妻子の居住の安定と生活の静穏を脅したが、それは本件家屋を明渡させるためであり、被告の蒙つている精神上の苦痛は甚大である。しかして、(ロ)の慰藉料は八〇、〇〇〇円、(ハ)の慰藉料は昭和三七年一一月一一日より月額金五、〇〇〇円が相当である。

よつて、被告は原告に対し前記(イ)、(ロ)の損害金合計二六〇、〇〇〇円及び(ハ)の昭和三七年一一月一一日以降賃借権が正常に復するまで一ケ月金五、〇〇〇円の割合による慰藉料の支払を求めるため反訴に及ぶ。

証拠(省略)

理由

第一  本訴請求の原因について

一  原告が被告に対し、昭和三四年一二月六日本件家屋を、期間を三年、賃料を一ケ月金一六、〇〇〇円とし、毎月一五日限りその月の一六日を起算日とする一月分を原告方に持参して支払うこと、その他原告主張の条件で賃貸した事実及び右賃貸借が昭和三七年一二月六日法定更新された事実は当事者間に争いがない。

そこで、右賃料が合意により昭和三七年一二月一六日以降月額金一八、〇〇〇円に増額されたとの原告の主張事実を検討する。原告が昭和三七年一二月頃被告の代理人たる訴外鎌田久仁夫弁護士に賃料を一二月分(起算日は同月一六日。以下同じ)から月額金二四、〇〇〇円に増額したい旨の申入をしたこと及び同弁護士から同月二八日付その頃到達の書面をもつて月額金一八、〇〇〇円の限度でよければ一二月分からの増額に応ずる旨の回答があつた事実は当事者間に争いがないが、右回答は原告の申込の拒絶とともに新たな申込をしたものとみなすべきところ、これに対して原告が昭和三八年一月五日頃実父渓口豪介を代理人として鎌田弁護士に同意の意思表示をしたとの原告主張の事実はこれを認めるべき証拠がないが、原告代理人渓口豪介が被告に対し同年三月二二日付その頃到達の書面をもつて同意の意思表示をした事実は当事者間に争いがない。ところで被告は、変更を加えた承諾にはこれに対する原告からの速かな諾否の回答がなければ申込を撤回する旨の附款があると主張するが、成立に争いのない甲第二号証によれば右承諾には、速かな諾否の回答を求める旨及び拒否された場合は弁済供託する旨の記載があるけれども、回答がなければ撤回する旨の附款があつたことを認めるに足りる証拠はない。しかるところ、右被告の変更を加えた承諾に期間の定めがあること又はこれを撤回したことの主張立証がないので、前示原告代理人渓口豪介の同意(承諾)によつて原被告間に昭和三七年一二月分以降の賃料を月額金一八、〇〇〇円に増額する旨の合意が成立したものといわなければならない。

二  次に、原告の賃貸借契約解除の主張を検討する。被告が昭和三七年一一月分以降の賃料を支払つていない事実及び原告が被告に対して昭和三八年四月一五日付翌一六日到達の書留内容証明郵便をもつて昭和三七年一二月分乃至昭和三八年四月分の賃料を書面到達後七日以内に支払うべく不履行のときはこれを条件に賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をした事実は当事者間に争いがない。そこで、賃料の受領遅滞に関する被告の主張について考えるに、被告本人尋問の結果(第一回)中には被告の主張にそう供述部分があるけれども、他面、原告が昭和三八年三月二二日付翌二三日到達の書面をもつて賃料の値上額を月額金一八、〇〇〇円の限度に止めることに同意するとともに増額による昭和三七年一二月分以降三八年三月分までの賃料を同月二八日までに支払うべきことを催告した事実が当事者間に争いがないので、仮りに、原告が受領遅滞に陥つた事実があるとしても右催告の事実によつて遅滞は解消したものと解するのが相当である。従つて、被告は昭和三八年三月二三日からは賃料債務につき履行遅滞に陥つたものというべきであるが、被告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告は同年四月二〇日(同月一五日付催告書に表示された催告期間内)に催告に係る五ケ月分の賃料支払のためこれを持参して原告の住所に赴いたけれども原告が不在であり、居合せたその母渓口光榎に受領方を申入れたがこれを拒まれたために支払うことができなかつた事実が認定できる。証人渓口光榎の証言中にはこれに反する供述部分があるけれども、右供述部分は、被告本人尋問の結果(第一乃至三回)及び後記反訴請求の原因について説示した事実後記第二項の(二)の事実と対比してにわかに信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。それ故、原告の契約解除の意思表示は条件不成就により効力を生じなかつたものというべきである。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求中、昭和三七年一二月一六日から昭和三八年四月二三日までの月額金一八、〇〇〇円の割合による延滞賃料の支払を求める部分は正当であるが本件賃貸借契約が解除されたことを前提とする本件家屋の明渡及びその不履行による損害賠償を求める部分は排斥を免れない。

第二  反訴請求の原因について。

一  被告が原告から昭和三四年一二月六日本件家屋を期間三年賃料を一ケ月金一六、〇〇〇円とし、毎月一五日限りその月の一六日を起算日とする一月分を支払う約定で賃借した事実及び右賃貸借が昭和三七年一二月六日法定更新された事実は当事者間に争いがないので、被告はその主張の賃借権を有するものというべきところ、右賃貸借契約が被告の賃料債務の不履行によつて解除されたとの原告の主張が失当であることは前説示のとおりである。しかも原告が被告の賃借権を争つていることはその主張自体から明らかであるから、被告はその存在確認を求める利益がある。なお、被告は、原告が被告に対して本件家屋の使用に協力すべき義務を負うことの確認をも訴求しているけれども、右義務は原告が被告に本件家屋を使用収益させる義務に包摂されるものであるから、具体的内容の協力義務の主張のない本件においては、右の部分は賃借権確認の請求の趣旨中に包含されている事項でこれと重複するものといわなければならない。

二  次に損害賠償の主張について判断する。

(一)  被告本人尋問の結果(第一乃至三回)によると、原告が本件家屋の近くに家屋を所有して父母弟妹を居住せしめ、また、近くの所有家屋を訴外山下某に賃貸し、山下は工場を経営している事実、昭和三五年頃から山下方の工場で騒音を発し、その後原告方でも家族がピアノの練習をして音響を発した事実(時期は証拠上明らかにできない)、被告方では高等学校三年生在学中の長男が昭和三七年度の大学入学試験を受けたが不合格になり、翌三八年度の所期の大学入学試験に合格するまでの間予備校に通学していた事実及び被告が昭和三八年一月から同年三月末頃まで糖尿病、動脈硬化症その他循環器系の病気で国立世田谷病院に入院していた事実が認められる。(被告の妻が肺結核に罹病した事実は明らかでない。)しかし、山下方及び原告方で発した音響が社会生活上近隣の居住者の受認すべき程度を超えた高音又は不快音であるかどうか、大音響が発せられなければ被告の長男が果して所期の大学の入学試験に合格したかどうか、原告が音響の発生を防止しなかつたのが本件家屋を明渡させるためであつたかどうか等の点(後記のごとく、原告が被告に本件家屋の明渡を求めるに至つたのは昭和三七年一二月頃からである)について、これを肯認せしめる証拠はない。それ故、この点に関する被告の主張は、家屋を住居用に賃貸した者が賃借人に対して自己の家族又は自己の賃貸せる家屋の居住者(第三者)が社会生活上隣人の受認すべき範囲を超えた高音乃至不快音を発することを防止すべき義務を負うかどうかの点に言及し、他の争点を検討するまでもなく排斥を免れないことは明らかである。

(二)  原告の実父渓口豪介が昭和三八年二月中旬頃被告の勤務先たる渋谷税務事務所に赴き上司である堀所長に本件家屋明渡の勧告方を依頼し、また、被告の義妹及川正子をその勤務先の青山学院に訪ねて明渡の交渉をした事実は当事者間に争いがないところ、右は成立に争いのない甲第一号証乙第一乃至第四号証の各一、二、第六号証、第八号証、被告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第五号証、証人渓口豪介(第一、二回)、同氏家美和の各証言並びに被告本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、原告はこれより先肺を患つて病院に入院勝であり、本件家屋の管理一切は渓口豪介に委ね同人がこれを賃貸その他管理していたが、同人は本件家屋の賃貸借は存続期間が満了すれば当然終了するものと誤解し、法定更新の点を考慮していなかつたので、期間満了の後は被告からその明渡を受けてこれに肺結核を患う原告を居住せしめて両親と別居させる計画を立て、昭和三七年一二月頃被告に対して本件家屋の明渡を交渉し、さらに、賃料を一ケ月金二四、〇〇〇円に増額することを承諾するならば、昭和三八年五月末日まで明渡を延期することを申出てたが被告が賃貸借が更新されたことを理由に明渡請求を拒み、ただ、賃料増額については月額金一八、〇〇〇円の限度でよければこれに応ずる旨回答したので、渓口豪介は被告が原告側の家庭の事情に思いを致さないのを憤慨するとともに、その明渡を受けるために前示の行動に出たものであることが認められる。以上の事情を斟酌すると、渓口豪介の右行為は賃貸人の行為としては手段方法において穏当を欠くものであるけれども、明渡交渉に際し特に被告の名誉を毀損する具体的な事項を告げたとの主張立証もないので、右の行為によつて被告の名誉が毀損されたものと断じ難い。

また、原告が被告の本件家屋の便所、水道蛇口その他不備不良の個所の補修請求に応じないために被告が精神上の苦痛を蒙つたとの主張は、仮りにそのとおりであるとしても、それだけでは財産上の損害の賠償は免も角慰藉料を支払う程の違法性ある行為とは解せられない。

以上の次第で、原告が被告に対して慰藉料債務を負担する旨の被告の主張は採用できない。

第三  以上の次第で、本訴請求中、昭和三七年一二月一六日以降昭和三八年四月二三日まで一ケ月金一八、〇〇〇円の割合による賃料の支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべく、その余の部分は理由がないからこれを棄却し反訴請求中主文掲記の賃借権の確認を求める部分は理由があるからこれを認容すべく、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録

東京都世田谷区世田谷二丁目一四一四番地の五

家屋番号同町一四一四号

一、木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪      一六坪一合二勺

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例